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2013.05.11

タンザニア行(3)不意打ち

2012年12月29日(土)お昼ごろ

長い長い待ち時間と搭乗時間を経て、ダルエスサラームの空港に到着。
ビザは空港で取得できる。申請用紙を提出する前に、係の兄ちゃんが添削してくれるので安心。今回も誕生日と出生地の欄を間違えた。以前はパスポートの査証 欄1ページまるまる使用する巨大なビザだったが、入国スタンプの周りにビザ代支払い済みとペンで記されるだけになった。

ゲートを出る。蒸し暑い空気が全身を包み込む。不快には感じず、むしろ日本の寒さで凝り固まった身体が、じんわりとほぐれていくような感覚だった。

ジュリウス・ニエレレ国際空港, ダルエスサラーム/ Mwalimu J.K. Nyerere International Airport, Dar es Salaam

(写真は2008年撮影)


ジュリウス・ニエレレ国際空港, ダルエスサラーム/ Mwalimu J.K. Nyerere International Airport, Dar es Salaam

赤い扉から入国者が出てくる。


空港の入国ゲートを抜けた僕に、とんでもない不意打ちが待っていた。

「空港で指定のタクシー運転手と合流。携帯電話を受け取ったのち、ホテルへ向かわれたし」

これが運び屋である僕に下された次の指示であった。しかし、よくよく考えてみれば、僕はタクシー運転手の顔も名前も知らない。これで合流できるのだろうかと不安に思っていた矢先である。ゲート前で入国者を待つ人だかりのなか、ある男性が胸元に掲げていた紙の文言が、僕の目に飛び込んできた。

「Welcome! ◯◯さま(←僕の実名) 左利き・男性・身長180cm程度」

名前まではわかる。しかし、身長や利き手はいったい誰に当てたメッセージだというのだ。せっかくの隠密気分も台無しではないか。
……とはいうものの、おかげで無事合流することができた。しかも僕が利き手についてこだわっていることを、友人たちが覚えてくれていたというのは、なんだかうれしくもあった。いささか動揺しつつ、タクシーに乗り込んだ。

2013.05.06

タンザニア行(2):運び屋気分で

2012年12月28日(金)

午前中にあわただしく支度をして、昼ごろ出発。
70リットルほどあるバックパックと、サブのリュックサックは満杯となった。
荷造りが苦手なのと、友人夫妻に頼まれた荷物が入っているためである。

「持ってきてもらいたい荷物を家に送るので、住所を教えてほしい」
出発の2週間ほど前、友人夫妻からメッセージを受け取った。
住所を教えて数日、僕の家に、小さな段ボール箱がひとつ届いた。

最初連絡を受けたとき、どういう意味なのかよくわからなかった。つまりは、タンザニアからネットで注文して、僕の家に届くように手配したということだったのだ。
侮りがたしネットショッピング、恐るべしIT革命。

どこからともなく届けられた荷物を持って、タンザニアへ。
なんだか運び屋になった気分である。


上海浦東国際空港/ Shanghai Pudong International Airport

同日夕方、上海浦東国際空港に到着。ここで5時間ほど次の便を待つ。チケットの都合で、一度出入国しなければならなかった。いくつか持ってきた文庫本を読んですごす。
上海からドーハへ向かう便は、中国での商売や出稼ぎの帰りか、中東系とおぼしき人びとが大多数。家族連れもいれば、男性のみの集団もいたりとさまざま。言語もアラビア語だけではないようだ。チェックインや入国審査の列で並んでいるあいだ、彼らをこっそり観察して、ドーハ経由でどこへ行くのかを想像したりする。子どもへのおみやげか、ヘリコプターの模型のラジコンを荷物とともにカートで運んでいるのを何人か見かけたのが印象的だった。


ドーハ国際空港/ Doha International Airport

ドーハ国際空港は、行きの便はほとんど待ち時間がなかった。そろそろ新空港がオープンすると聞いて、ちょっと楽しみにしていたが、残念ながら旧空港のままだった。
手前の女性は食ってないでさっさと搭乗しろよと思ったが、僕も写真とってないでさっさと搭乗しろよと。後ろのカタール航空の職員も思っていたことであろう。

2013.05.03

タンザニア行(1):はじめに

2012年の年末から2013年の年始にかけて、タンザニアに行ってきた。
今度で三回目、いずれも現地在住の友人夫妻にやっかいになりながらの旅行である。

一回目(2007-08年)は、タンザニア東部・タンガニーカ湖沿岸の町キゴマとウジジ、そしてインド洋に浮かぶザンジバル島へ。はじめてのサハラ以南アフリカの旅行で、かなり緊張したのをよく覚えている。

二回目(2008-09年)は、北部のキリマンジャロ山周辺の自然公園でサファリ、そしてまたザンジバルに。サファリでは、大阪からきた男性四人組と現地で合流してみると、仕事でお世話になっている人のグループだったり、ザンジバルでは学生時代の恩師と卒業生が集まったりと、おおむね友人知人としか出会わない旅行であった。

そして今回の三度目。友人夫妻は仕事も変わり、住んでいる場所もダルエスサラームからムトワラというモザンビーク国境近い南部の町となった。

ダルエスサラームから海岸沿いに陸路で南下し、いくつかの町を寄り道しながら彼らの住むムトワラ入り、帰りは飛行機でダルエスサラームへ、とおぼろげながら考えていたが、友人夫妻も車で北上して、途中のキルワという町で合流することになった。キルワには、世界遺産に登録されたイスラーム交易地の遺跡がある ので、一緒に見学しようというのだ。

日程は12月28日発、1月4日帰国。
7日間のうち行き帰りの2日は機内か空港で過ごし、実質のタンザニア滞在は5日間。実に短い。そしてなによりチケットが高い。サーチャージよ滅びよと、星に願わずにはいられない。

ちょうどカタール航空がチケットのセールをやっていたのと、上海経由にすることで少しは安くおさえられた。そのぶん待ち時間も長くなるのだが……。

2012年12月28日 関空 → 上海
12月29日 上海 → ドーハ → ダルエスサラーム
12月30日 ダルエスサラーム → キルワ・マソコ
12月31日 キルワ・マソコ、キルワ・キシワニへ日帰り
2013年1月1日 キルワ・マソコ → ムトワラ
1月2日 ムトワラ → ダルエスサラーム
1月3日 ダルエスサラーム → ドーハ
1月4日 ドーハ → 上海 → 関空

というのが大ざっぱな旅程。移動しかしていないような気がするが、根無し草の旅も嫌いではない。

次回よりぼちぼち始めていきます。

タンガニーカ湖、キゴマ/ Lake Tanganyika, Kigoma

タンガニーカ湖。キゴマのアクア・ロッジにて。タンガニーカ湖に生息する魚は、左利き界にとってはとても有名。2008年。


ダルエスサラーム/ Dar es salam

ザンジバルへ向かう小型飛行機の窓から見下ろすダルエスサラームの街。2008年


ンゴロンゴロ保全地域 タンザニア/ Ngorongoro Conservation Area, Tanzania

ンゴロンゴロ保全地域。遠くに何かが一列になっていると思ったら、マサイのウシだった。2009年。


タンザニアのどこか/ somewhere in Tanzania

サファリの帰りのタンザニアのどこか。トラックの荷台に乗った二人は、向い合って何を話しているのだろうか。おそらく二度と会うことのないだろう彼らの生活の一端を垣間見た瞬間。2009年。


キリマンジャロのふもとの町モシの教会のゴスペル。いい声で足を止めてしばらく聴いていた。2009年。

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