« March 2007 | Main | May 2007 »

2007.04.29

私を甲子園につれてって

……ということを言われたので、水曜日(25日)、早々と仕事を切りあげ、甲子園へと向かった。
いや、実際には恐ろしいほど熱烈なタイガースファンのU子さん(仮称)に連れて行かれたのだ。

甲子園に行くのははじめて。野球観戦も、万博球場に高校野球予選の応援に行ったぐらいだった(たしなみ程度に応援団をやっていたので)。特にタイガースファンでもないので、ノリきれるのか少し不安だった。

阪神梅田駅からの電車は、タイガースファンとおぼしき人たちで満杯。
甲子園駅も人だらけだった。
スーツ姿の男性たちも、弁当を手に持ってやってきていた。仕事帰りの観戦が、生活サイクルの中に組み込まれているということなのだろう。

C30089

C30090 C30091

甲子園といえば、イメージするのは壁面にびっしり生えたツタであるが、改修中のため、よく見るとテクスチャであった。
ウェーブ禁止というのもなんだかショック。

C30092

僕が球場に着いたときは、すでに試合が始まっていた。仕事が休みで先に来ていたU子さんと合流。隣に座る。
僕たちの席は一塁側アルプス。結構前の方だった。バッター席からは遠かったので、選手の区別はほとんどつかなかったけど。
選手は電光掲示板を見て判別していたものの、「しまたに」とか「はやし」などと誤って口走らなくてよかった。

「はい、どうぞ」と手渡されたのは一対の細身のメガホン。これを振って応援するというのか……。
U子さんは少し大きめのメガホンを持っていた。子どものころから使っているという。名前まで書いてあった。

筋金入りのタイガースファンのU子さん。選手の応援歌をすべて覚えており、メガホンを叩きながら応援歌を口ずさんでいた。
メガホンの振りや叩き方も、選手によって異なる。僕は振りについていくのがやっとだった。

試合中の写真があまりとれなかったのは、途中で大雨が降ったからだ。僕が傘をさすと、「みえへんやんけー」と後ろの人に軽く野次られた。
U子さんも傘をさしたものの、攻撃の回に入ると傘を投げ出してメガホンを振りはじめてしまった。その行動の移行がやけにスムーズで、まさに身体化されているのである。結果として、U子さんを雨からかばうかたちとなり、傘はさしたものの、右半身がずぶぬれになってしまった。
次の守備の回に入ると、U子さんは「カッパ買ってきます」と席をたった。僕はぼつねんと取り残されたのであるが、ファンの真髄を彼女に見たような気がした。

雨は通り雨で、しばらくして止んだ。

お弁当を食べつつ観戦。
守備の回はわりあいリラックスできる。

7回に入ると、「はい」と、今度はジェット風船を2本手渡された。これを膨らませるというのか……。と思ったら、周りのみんなもどこからともなく取り出した風船を膨らましはじめた。
阪神の攻撃に入る前、「六甲おろし」をフルコーラスで歌ったあと、みんなで風船を空に放つ。

C30093

C30094
ぶれてますが風船です。

いつの間にか僕もノリノリでメガホンを振るっていた。チャンスになると「わっしょいわっしょい」とメガホンを上げたり。点が入ると立ち上がって喜んだ。

試合はサクサクと進み、9時前には終了した。
阪神の勝ちだった。ヒーローインタビューで今岡(だったと思う)が観客席にボールを投げてまわる。そのあとトラッキーもついていく。トラッキーは大人にも人気で、スーツ姿の男性が小走りに駆け寄ってケータイカメラでとっていた。今思うと、子どもに見せるためだったのかもしれない。

我々も撤収、かと思いきや、応援団の鳴り物にあわせ、本日出場したメンバーの応援歌をひととおり歌い、さらに「六甲おろし」を歌い、最後にバンザイをしてからであった。メガホンの振りつけはほとんど間違いなくできるようになっていた。

2007.04.21

大台その後

大台の日の夕方。
上司に連れられ仕事先に行くと思いきや、たどり着いた先は大台突入記念の超サプライズパーティー。
やけに早く帰った同僚や仕事でお世話になっている人たちが僕に内緒で計画していたらしい。
感のいいほうだと思っていたが、全く気がつかなくて、大変びっくりした。

選挙ポスターや某博物館特別展のポスターを僕の写真にすげ替えたパロディポスターがプレゼント。
あまりに手が込んでいて笑ってしまった。

今の職業にありついて一年たつ。
これまで奇跡のような出会いが重なって、今の自分がいる。
2003年に大学院を卒業した直後の僕に想像がついただろうか。

人の出会いは大切にしなければならないとしみじみ思った。と、このブログにしてはまともなことを書いてしまった。

C3cake


2007.04.20

大台

いやはや。わたくし、とうとう大台に乗りました。ざっぱ~ん。イェイ。

人間、30にして何とやらと、母校の教員にも言われましたが、まさにその通り。
と、ほのかに自己肯定をしつつ、マイペースにすごしていきたいと思います。

2007.04.15

サン・ジャックへの道

なぜ旅行をするのか、ということを考えたとき、さまざまな要素が思い浮かぶ。気分転換したい、観光地に行きたい、名物やおいしいものを食べたい、現地の人と仲良くなりたい、買い物したい、などなど。

しかし、僕が旅行をするにあたっていちばん重きを置いているのは、「歩く」という行為そのものであるような気がする。もちろん他の要素だって大切だし、僕だって名所は見たいしおいしいものは食べたい思っている。現地の人とは仲良くなったりもするが、日本に帰って連絡を取ることは少ない。

「よーし、歩くぞー」という確固たる意思をもっているというよりも、なんとなく歩きだして、いつの間にか数時間たっているということの方が多い。「そこに道があるから」とか、自らの足で歩いて地球の大きさを実感する、というと聞こえはいいが、へとへとになって歩きはじめたことを後悔することもあったりする。しかし僕は歩くという行為自体が好きなのだと思う。


なぜこんなことを言いだしたかというと、今日「サン・ジャックへの道」という映画を観たからだ。

サン・ジャック(サンチャゴ)とはキリストの12使徒のひとり、聖ヤコブのことであり、いろいろと紆余曲折があってその墓がスペインのサンチャゴ・デ・コンポステラという町の教会にある。このサンチャゴを目指してフランスから約1500キロメートルを歩くのがいわゆるサンチャゴ・デ・コンポステーラ巡礼路である。もともとはカトリックの巡礼だが、最近はプロテスタントやムスリムも歩くし、観光やスポーツ感覚でおこなう人もいるらしい。

僕はこの巡礼を国立民族学博物館(ちぢめて「みんぱく」)で現在開催中の特別展で知った(6/5まで)。サンチャゴまでの巡礼路を一人のフランス人巡礼者に同行してみんぱくが独自に制作したドキュメンタリー映像がメインの展示となっている。この映像を観ていて、1500キロメートルを自分自身の足で歩くという行為に心ひかれてしまった。何ヵ月もかかるので今は無理だけど、いつか行ってみたいと思った。

ちょうど同時期にサンチャゴ巡礼をテーマにした映画も公開しているというので、観てきたのだった。
登場人物は9人。それぞれさまざまな経緯と思いがあり、巡礼に参加している。中にはムスリムもいて、そのひとりは字が読めず、さらにメッカ巡礼と勘違いしているというのはどうだろうかと思ったが、最後の最後で彼に少し泣かされた。

ストーリーは巡礼そのものではなく、巡礼していくなかでの登場人物の心境や関係の変化に主眼が置かれている。歩くロードムービーだ。宗教的なものの描写は少ししかなく、むしろそれを皮肉っている部分もあるように見受けられた。サンチャゴに到着したときも別の大事件が起こってサラリと流された。

登場人物が道中見る恐ろしくシュールな夢には台詞は一切無く、解釈はこちらに任せられているようだ。のどかで何にもないヨーロッパの田舎道をずっと歩いていると、ああいった幻覚を見るのかもしれない。

現実にはそんなにうまくいくわけではないだろうけど、巡礼によって物事の見方が変わったり、対立していた相手と和解したりする姿を見るのはとても気分がいい。通過儀礼の教材にもどうぞ。

2007.04.14

CG技術の進歩により世界は変わる

CG技術の進歩と、それに伴う低コスト化の恩恵を受けているものの一つに、あさひ美容外科のCMがあるのではないだろうか。

あさひ美容外科の病院名がそのまま歌詞になった独特なCMソングを、関西在住の人なら一度は聞いたことがあると思う。
「あさひ美容外科」は、もともと「小国クリニック」という名前の病院で、CMソングは歌詞が違うだけで、病院名を連呼する歌詞とメロディはそのころから受け継いでいる。

映像面はローカルCMにありがちなチープな感じ。やわらかいタッチのの街を背景に、マスコットとおぼしき羽のついたハートがパタパタ、4秒に一回瞳の方向が変わるぐらいであった。もうひとりのマスコットのナース(今は看護師か)は静止画だった(→youtubeを参照)。

しかし最近は、そのクオリティが飛躍的にアップ、というよりも、どうもよくわからない方向へ進化している気がする。
数年前までは、マスコットの看護師はどんなことになっても(たとえばツルの上に乗り、画面の奥の朝日に向かって飛んでいくとか)微動だにせず、常にこちら側をうつろに見つめていたように記憶している。

それがどうだ。あさひ美容外科のHP内のCFライブラリを見ていただきたい。ナース服のままバレーボールをするわ、新撰組と一緒に討ち入りするわ、カクカクした動きでイナバウワーまでやってのけてしまう。さらに大リーグの試合に出場した際には、右投げ左打ちという裏設定まで披露した(サブキャラの造形も味わい深いものがある)。つまり、一枚絵だった看護師がいろいろと妙な動きを見せてくれるようになったのである。

このちょっとよくわからない方向への進化は、事業拡大によりCMの予算が増加したかもということはさておき、CGが以前に比べて比較的簡単に制作できるようになったことや、制作にかかるコストが低下したことを示しているのではないだろうか。CG技術の進歩とローカルCM(とくに美容外科)が出会うとき、誰も予想のつかない超進化がはじまるのである。

2007.04.07

移動と足止めの旅(3):軽やかに

そうそう、チュニジアですよチュニジア。
チュニジア旅行・第三夜


12月29日。チュニジア滞在2日目。
ホテルを変えた後は、フェニキア時代の遺跡群のあるカルタゴに行ってきました。
チュニスからはTGMという路面電車で行きます。チュニス市街も路面電車で移動できます(利用しませんでしたが)。

C30083 C30084
(クリックすると大きくなるんですよ実は)

TGMの発着駅のチュニス・マリン駅へはホテルから歩いても20分はかからない。ハビブ・ブルギバ通りを西に真直ぐ歩いていくとたどり着きます。車の交通量は多いけど、高級ホテルや小じゃれたカフェが並ぶ通りをぶらぶらと。時計塔なんかもあったり。

キップは駅員さんに行き先を告げて買うタイプ。キップ代は1ディナールもしなくて、「ミリーム」という下位単位(1000ミリーム=ディナール)で払うのですが、フランス語もアラビア語もまったく聞き取れませんでした。アラビア語も100以上の数字をエジプトで使うことなかったから、うろ覚えだったのです(つまりどっちで言われているかもわからない)。とりあえず1ディナール出しておけばおつりがもらえました。

TGMにガタゴト揺られて(イス部がプラスチックみたいな材質で固くて痛い)、たどり着いたのはカルタゴ、ではなくて、その先にあるシディ・ブ・サイド。海辺の丘に立ち並ぶ、白い壁に青い扉の家々が、いかにも地中海な町なのです。

道中、大勢の日本人ツアー客に遭遇したりもしたけど、気にせずぶらぶらと散策。坂やら階段を上ったり下ったり。
これは夏に来るともっといいんだろうなと思った。日差しは冬でも少しきつくて、セーターにジャンパーだと汗ばむくらい。海も見事にマリンブルー。そしてサボテン。ただしその背後は墓地だった。

C30085 C30086

C30087 C30088

なんとなくふしぎだなーと思ったのは、すれ違う人びとが老若男女、気軽にあいさつしてくること。それでいてしつこくもない。高校生ぐらいの女の子グループには「ハーイ」と声をかけられ、メントスを一粒もらった。屈託がまったくないというか。

僕が海外旅行をするのは2年ぶり。その前はインドとネパールに行った。当時を振り返ってみると、旅行中は常に警戒心を張りめぐらせていたような気がする。荷物やお金が盗まれないか心配。話しかけてくる人は何か下心があるんじゃないかと、猜疑心にも近くなったりして、神経をすり減らしていた。チュニジアではそんな猜疑心も晴れてしまいそうだ、というのは大げさだけど、少し気が楽になった。もちろん、外国を旅行をするうえでの危機管理はするべきだし、これまでの旅行の経験から、危険なものを回避する力はそれなりにもっているつもりだけれど。

« March 2007 | Main | May 2007 »

C3メモ


  • www.flickr.com
    nasserhaff's items Go to nasserhaff's photostream

無料ブログはココログ