« November 2004 | Main | January 2005 »

2004.12.31

手水舎のあの娘

先日、地元の神社に行く機会があったのですが、そこの手水舎(ちょうずや)で、下↓の看板を見かけました。

C30024

誰ですかあなた。
神社での手水の方法を、なんとなく育ちの良さそうな女の子をモデルに解説しています。絵のタッチが時代を感じさせます。神社なんだから、モデルは巫女のほうがいいんじゃないかとも思ったり。

画像は、大阪市旭区・大宮神社の手水舎にかかっていたものです。今となっては小さな神社ですが、大阪城の鬼門を守護していたりする由緒正しい神社です。気になって他の神社にもいってみたのですが、少し離れた土居の守居神社にも、同じ看板がかかっていました。しかし、そのすぐ近くの高瀬神社や、京阪守口市駅近くにある大枝神社にはなく、僕の家周辺だけでも看板の設置はまちまちのようです。

これ以降、非常に気になったので出先でも神社を見かけるたびに「あの娘(こ)、今日もいるかな?」と確認しているのですが、やはり設置はまちまちのようです。古そうな看板なので、劣化してしまって取り外されているのかもしれません。

さらにググってみると、この看板は関西以外でも設置されているようで、もしかすると全国的規模で展開しているものなのかもしれません。神社本庁が動いているのでしょうか。初詣に神社に行かれる方は、ちょっとチェックしてみてください。

2004.12.29

振り袖、ピラミッドを登る。

大学時代、恩師Z氏にエジプト旅行のことを話していて、ピラミッドに登頂した時の話題になったことがあった。彼も学生時代に登ったことがあるという。しかも白昼堂々と。きっと昔は、今よりもおおらかだったんだろうと思っていたのだが、もっとすごい人がいることを教えてもらった。

それは、衆議院議員の小池百合子氏である。小池氏は、五年間のエジプト留学の締めくくりとして、ピラミッド頂上で振り袖姿で記念写真を撮ったというのである。その話は、小池氏がかつて出版したエジプト滞在記に収録されているらしい。しかしすでに絶版になっており、Z氏も所有していないというので、古本屋で探していたのだが、図書館にあることを最近知ってさっそく借りてきた。

C30023振り袖姿でピラミッド。着物は砂だらけになり、おそらく袖は破れてしまうだろう。だいたい足を広げることができないじゃないか。などと一人で愉快に想像していたのだが、読んでみると、頂上で着替えたということだった。あたりまえだ。さらに頂上でお茶まで立てていた。抹茶ではなく、番茶だったということだが。

文章は快活で読みやすく、一気に読んでしまう。留学生活だけでなく、男性からは見ることができないエジプト人女性の世界についての記述は興味深い。会見などを通して出会った、サダト元大統領夫妻やカダフィー大佐、アラファト議長といったアラブの指導者の実際の印象やその素顔は、今となっては貴重な記述だろう。

今ほどモノや情報の行き来が盛んでなかった時期に、エジプトでの生活は本当に大変だったんだろうなと思う(少々おもしろおかしく書かれすぎている気もするけど…)。この本が出版されて23年。小池氏がまえがきに書いていた日本とアラブの「心理的なへだたり」って、どれだけ埋められたんだろう。

-----
*『振り袖、ピラミッドに登る』小池百合子(著)、講談社、1982年。画像は62ページのもの。
*今日(12/28)、「なるほど・ザ・ワールド」の祭典スペシャルで、1988年にみのもんたがピラミッドに登頂した映像が放映されていましたね。

2004.12.28

トルネード竜巻『fairview~眺めのいい景色』

右下の「後ろ向きのリコメンド」にいろいろ書いているくせに、かつてない金欠のため、最近買ったCDはトルネード竜巻の『fairview~眺めのいい景色』ぐらい。

「眺めのいい景色」という副題のとおり、情景的で綺麗な歌詞。キーンと澄み渡った冬の星空が目に浮かぶ。

「夜明けのDAWN」という曲は、「恋にことば」のプリプロダクションアレンジということらしい。プリプロダクションってはじめて聞くけど、「恋にことば」の原型ということなんだろうか。ほとんど別物である。「恋にことば」って、トルネード竜巻のマニアックさとメジャーさのバランスがいい感じにとれている気がする。

よく考えてみると、「DAWN」は「夜明け」の意味であって、意味はあるようでないのかもしれないと思った。「トルネード竜巻」も同じような感じですね。

「夜明けのDAWN」や「ヴィンセント」に、なぜか妙にひきつけられる。聴いていると、なんだかそわそわしてしまう。それでいて不快というわけではない。1stアルバム『アラートボックス』に収録されている「春風吹いて」を聴いていても、同じような気分になる。あわわわ…となりながらも、目をそらそうとしてもそらせない。そして気づいたらリピートしている。そんな感じ。

うまく言葉がみつからない。もう少しうまく表現できるようになったらまた書き直そうと思う。そんな個人的大注目バンドのトルネード竜巻。ドラムの柿澤氏のヴィジュアルを中心に見守っていきたい。

----------
公式の「喫茶ゲシュタポ」という音楽実験コーナーにて、「one note robot」のピアノ弾き語りヴァージョンがアップされているのですが、矢野顕子のパロディぽくて思わず笑ってしまいました。特に終盤の「完全に使い込むおつり」から盛り上がる部分。ここだけ真似して歌っています。おつりおつりおつり~おぉつぅりぃ~。

2004.12.25

エジプト・トルコで左右兼用トランプ

左利きの人が日常生活において少し不便に感じることとして、トランプが良くあげられます。ババ抜きなどでトランプを数枚手に持ったとき、マークが左上と右下にしかついていないために、左利きの持ち方ではマークが見えなくなるためです。もちろん、すべての左利きがそのような持ち方をしているとは限りませんが。

C30021

マークが見えにくくて切ない思いをするトランプ→
右利きの方は、手に持ったトランプをいつもとは逆に開いてみるとわかると思います。フェリシモの左ききグッズ通販サイト「左ききカタログ」などでは、この不便さを解消する四隅にマークの描かれたトランプが販売されていたりします。左利き専用トランプも販売してほしいものです。

この四隅にマークがついている「左右兼用トランプ」、実はエジプトやトルコのカフェで見かけたことがあります。カフェといっても、スターバックスのようなおしゃれカフェではありません。中東のカフェは、男性の社交場、情報交換の場になっています。女性が一人で入るということはまずありません。アラビア語でアフワ、またはマクハー、トルコ語ではチャイハネと呼ばれています。男だらけ、しかも髭面ばかりなので「親父喫茶」などと揶揄する人もいます。

カフェでは、飲み物を飲んだり、水タバコを吸いながら、友人と長々と談話したり、バックギャモンやトランプで遊んだりもします。僕が見た限りですが、カフェで使われているトランプは、ことごとく両手兼用のものでした。日本でもあんまり見かけないのに、よもやエジプトやトルコで見かけるとは思ってもみませんでした。どうしてこんなに左右兼用トランプが浸透しているのか不思議です。ヨーロッパやアジアなどのほかの地域ではどうなんでしょうね。

C30022←トルコで買った両手兼用トランプ
画像はイスタンブルのエジプシャン・バザールで買ったトランプです。パッケージには、「プラスチック・コーティング」と描かれているのですが、明らかに普通の紙製です。カサカサしていて、ちょっとめくりにくいです。

エジプトでも、路上で売られているのを買ったことがあったのですが、部屋のどこかにいってしまいました。見つけたらまたアップします。ちなみに、エジプトの土産物屋で売られている古代エジプトの神々の絵柄がプリントされているトランプは、マークが片方しかついていません(すなわち右利き用)。製造元が違うということなのでしょうか。

シリアとレバノンで確認するのを忘れてしまったのですが、もしかするとエジプトやトルコ以外の中東諸国のカフェでも左右兼用トランプが使用されているかもしれません。

2004.12.24

ネパール料理店「カンティプール」

いまだに僕のブログの検索ワード第一位をほこるシリア料理店「サハラムーン」に行ったときのメンバー+2人で行ってきました。2600円ぐらいのコース(飲み物は別)だったのですが、かなりお腹いっぱいになりました。

<食べたもの:鍋付パーティーコース>
エビのカクテルソース:エビとサラダみたいなの
タンドリーチキン:辛い
フィッシュティカ:白身魚のタンドール風って感じ
モモ:蒸し餃子。うまい。ネパールやインドで食べたものよりスパイスが良く利いていた。
ギャコック:チベット風鍋。三種のソースをかけて食べる。
ナン三種:バターナン、セサミナン、ガーリックナン。作りたてで抜群にうまかった。次にきたカレーをつけて食べるものだと思うのだが、そのまま食べてもおいしかったためほとんど先に食べてしまった。
カレー二種:チキンキーマと種類不明のもの。僕はチキンキーマの味のほうが好きだった。

C30020ギャコック
ネパールに行ったときに、チベット高級料理・ギャコックを食べたことがありました。しゃぶしゃぶ鍋のような形をした鍋に、各種肉や魚、エビ、野菜、春雨、ゆで卵などをスープで煮込んだものです。クセの無い味付けで、日本人も違和感無く食べられそうです。スープがなんとなくちゃんこ鍋みたいな味つけだからなのかも。ご飯が欲しくなります。ミントベース、トマトベース、唐辛子ベース(ちょっとうろ覚え)のソースをかけるとよりスパイシーになります。

今回、やっとギャコックをお腹いっぱい食べることができました。ネパール旅行でのギャコックに関しては、ちょっとしたエピソードがあるのですが、それはまた別の機会にしたいと思います(いつやねんという感じですが)。

そのほかラッシー(飲むヨーグルト)やチャー(チャイ)までいただいて、腹いっぱいになって帰りました。今度は普通にカレーをメインに食べてみたいです(かなりの種類があるようです)。あ、次回はガーナ料理かタイ料理を食べに行くかもです。

----------
ネパール家庭料理とタンドールの店 カンティプール
コース料理は要予約。我々が着いたときは、お店の中は満杯でした。


そういやネパールに「カンティプール」というテレビ局がありました。夜10時ごろから外国のドラマや映画を放映していて、友人T君と一緒に観ていたのを覚えています。

2004.12.20

モダンチョキチョキズ『ヒデオ』

モダンチョキチョキズ唯一の映像作品『ヒデオ』。95年の発売当初、買いそびれてしまっていたのを、先日ヤフオクで入手しました。ライヴからPV、変てこな小芝居までごたまぜになったビデオです。なんだかまともな文章にならないので箇条書きで書いておきます。

・ 一曲目「トムのいる木陰」が妙にハイセンスな感じだったので、こういう路線のクリップ集なのかと思った次の瞬間に、故・由利徹が登場。

・ PVが、「ジャングル日和」→「素敵なマーナ」と続くが、そのギャップがすごい。別のバンドのよう。裏で、ものすごい路線変更があったのかもしれない。

・ だがPVはもう少し予算をかけられなかったものか。

・ ライヴの振り付けは、ハタから見れば奇行だが、実際その場で一緒にやると楽しそう。客席のほとんどが踊っていたのが印象的。

・ ライヴ映像に、ロッテンハッツ解散後一時期参加していた真城めぐみが映っていたが、他のメンバーの個性が強すぎて意外と目立っていなかった。「エケセテネ」でバックコーラスしてますね>真城めぐみ。

・ ホーンアレンジがやたらかっこいい。

・ 「博多の女」が収録されていないのが残念。

・ 「新オバケのQ太郎」は、1990年から95年までのライヴの映像を編集してうまくつないであって、まるでモダチョキの略史を見ているよう。


スタッフロールによれば、やっぱり大赤字だったそうで。よくもまあこんなビッグバンドが存在できたものだと思います。移動だけでも経費がめちゃくちゃかかりそうだし、ギャラの配分も大変そう。しかし本当に懐かしさいっぱいです。ライヴも、一度でいいから行けばよかったと後悔しています。


*ヤフオクでビデオ版『ヒデオ』を落札した二日後。料金の振り込みも済ませて届くのを楽しみに待っていたところ、『ヒデオ』がDVD化されるということを知りました…。本当に「うわああああ!」と叫んでしまいました。遅いよキューンさん。この価格なら買ってただろうに。

2004.12.16

『塊魂』の続編発表

ロマンチックアクションゲームの『塊魂』は、今年の個人的ベストゲームのひとつなのですが、噂されていた続編がついに発表されました。題して『みんな大好き塊魂』。なんだか強引なまでに大衆性をアッピールしていますね。「2」ではないのはさすが一筋縄ではいかないゲームです。

新しいマップと曲が追加されるだけでも買ってしまいそうなのですが、追加要素も、たぶん・きっといろいろあるのでしょう。公式のスクリーンショットで王子が転がしてるのは、新ステージ(?)の教室ようですね。個人的には、ステージ内をぶらぶらと散歩するモードが欲しいです。あと、対戦以外でもイトコで転がしたいです。

なんだかよくわからないヴォーカルトラックの人選も(しかもなんだか名曲ぞろい)、次回作ではどうなるのでしょうか。なんとなくムッシュかまやつと濱田マリと南野陽子の顔が浮かびました。ナムコつながりでキリンジとかかせきさいだあ≡とかこないかな。とにかく期待大です。


塊魂オンザウェブに急げ!(いままで毎週のように更新されてたのが、とうとう更新停止となりました)

2004.12.12

ORIRO

C30019オリロー。命令形である。
もしくは「降りるためのロープ式のはしご」の略なのかもしれない。

いつも思うのだが、こういった器具の名称を決めるときも、企画会議などが開かれたりするのだろうか。「オリローだ」とか、「フォーリン・ラッダーだ」、「いやおりろう君だ」などと論議が交わされているだろうか。さらに社長の一存でへんてこな商品名になったりすることだってあるのかもしれない。

などと考えていたのだが、オリローで検索してみると、松本機工という会社の製品であることがわかった。ドメイン名がoriro.co.jpとなっており、オリロー避難はしごが看板商品であることがうかがえる。

他の製品もくらっとくるネーミング満載である。「ユレーヌ」はなんとなくおフレンチをイメージしているように思える。「オリローアクタル」にいたっては、アラビア語の形容詞の最上級みたいだが、スペルは「ARUTALU」であり、どうして「RU」が「ク」になるのかよくわからなかったりもする。フランス語的な「R」の発音なのか。また、降りるときは緊急なので「オリロー」と命令形であるが、登るときはゆっくり上ったほうが安全ということなのか、「ノボロー(のぼろう)」と呼びかけになっている点も見逃せない。

2004.12.08

コントローラーと左利き?

ニンテンドーDSの記事を書いていてふと思ったのですが、ゲームのコントローラーって右利き、左利きどっちが扱いやすくできているんでしょうか。左側に方向をつかさどる方向キー(十字キー)、右側に実行をつかさどる二つ以上のボタンというコントローラーの配置は、ファミコンの頃からあったものですから、まったく逆の配置を経験したことがありません。方向キーかボタンのどちら操作が重要なのかは、ゲームのジャンルによっても変わってくる部分もあるかもしれませんが、ちょっと考えてみようと思います。

やはり、連打系は苦手ですね。『ハイパーオリンピック』というゲームでは、右利きの友人は指の背(上側)をABボタンにガチャガチャとすり合わせることによって連打していましたが、僕はそれがうまくできなかったため、わざわざ左手に持ち替えて連打していた覚えがあります。

あと、セガ・サターンは右側のボタンが6つも付いていたのですが、あれはさすがにわけがわからなくなりました。これは利き手には関係ないかもしれませんが、右側のボタンは4つが限度かもと思ったり。ピチカート・ファイヴの「大都会交響楽」がテーマソングの推理アドベンチャー『クロス探偵物語』目当てで買ったのですが、後にPSに移植されてしまいました…。

一方、方向キーの操作が細かいときは左手が良く利く方がよいかもしれません。たとえば格闘ゲームの技のコマンドは、方向キーの細かい操作が要求されます。アクションやシューティングゲームも、操作の肝は方向キーのような気がします。シューティングは苦手ですが。ただジャンプボタンがAボタン(右側)だったりする場合は話が違ってきますね。

右利き左利きどちらにせよ、得手不得手があるとは思いますが、ボタンを「押す」操作にはそれほど差異は現れないのかもしれません。ニンテンドーDSの場合は、タッチスクリーンによって「押す」以外にもさまざまな操作が可能になった(あるいはしなければならなくなった)ため、方向キーを併用する場合は、利き手設定を実装してもらいたいものですね。


*こんなのも見つけました→PS1/2用左右反転コントローラー(TVゲーム機器のお店・G-take.comさんより。売り場はこちら
混乱しそうですね。しかし気になります。

2004.12.07

ニンテンドーDSは左利きも対応

最近発売された任天堂の新携帯ゲーム機、ニンテンドーDS(以下NDS)。二つの液晶画面を持ち、しかも片方(下側)の画面はタッチスクリーンで、画面に直接ペンやら指やらで触れて操作可能という画期的なものです。宇多田ヒカルがCMに出ていますが、別のCMを見て戦慄が走りました。

そのCMは、どうやら作曲をするゲームのものなのですが、左手で十字キーを操作しながら、右手にタッチペンを持ってタッチスクリーンに何かを書いているシーンがあったのです。左手でペンを扱う左利きにとっては、NDSのタッチペンだって左手で操作したいはずです。他のゲームではタッチペンで字を書いたりするものもあるから、なおさら右手では書きづらいし、苦痛に思ってしまいそうです。

なんだよ任天堂、『ゼルダの伝説』のリンクだって左利きじゃん、製作者の宮本氏だって左利きじゃん、『ドルアーガの塔』のリザードマンだって左利きじゃん、君たちにレフトハンドソードが扱えるのかい?、などと現在NDS購入予定なしのくせに愚痴っていたのですが、nintendodsさんのNintendo DS ブログこの記事によれば、『さわるメイドインワリオ』というゲームでは、右利き/左利き設定があり、左利き設定にすると、左側の十字キーと、右側のABXYボタンの配置設定が反転するそうなのです。ソフト側で設定できるということなんですね。

そのためにNDSは十字キーとABXYボタンが左右対称に、同じような大きさにデザインされているそうです。ABXYボタンだと十字キーのように斜め入力ができないため、完全に左右反転はできなさそうなことや、従来のゲーム機で慣れてしまった十字キーの操作を右手でできるのかといった疑問もありますが、うれしい配慮だと思います。僕の中のニンテンドー株が急上昇しました。

現在、NDSを購入する予定はないのですが、『どうぶつの森』のDS版や、『ファイナルファンタジー3』のリメイクが気になっています。『ロマンシング・サガ1~3』の移植・リメイクされないかな。ロマサガ1はPS2でリメイクされますが、これも楽しみです。

<12月23日追記>
メトロイドプライム・ハンターズというゲームにて、操作に右利き/左利き設定ができると記述されている記事がありました。追記しておきます。→こちらNintendo iNSIDE - 任天堂ニュースサイトさんより)

2004.12.04

シーワ・オアシスへ

C30018.JPGクレオパトラの浜を訪れた次の日、僕はマルサ・マトルーフを発った。次の目的地はシーワ・オアシスである。シーワは、マトルーフから南西の方角、西部砂漠に位置する。少し西に行けばリビアである(左の『歩き方』を参考にした適当な地図を参照)。リビアにも行ってみたいと思ったが、ビザの申請が面倒くさそうだったのでやめることにした。エジプトには、他にもいくつかオアシスが点在しており、大きなものは砂漠ロードでそれぞれ結ばれている。シーワ・オアシスはその中でもっとも西に位置しており、人々の顔つきもカイロなどのナイル川流域の人々とは少し違うような気もする。

シーワには5日ほど滞在したのだが、初めの2日は「アレキサンダ・ザ・グレート」というホテルに泊まっていた。シングル一泊5ポンド(約150円)という安さにひかれたのだ。5ポンドというのは破格だと思うのだが、シーワの安宿はだいたいこれぐらいの値段のようだった。採算はとれているのだろうかとこちらが心配になってくる*1)。朝食も付くの? と聞いてみると、付くというので、このホテルに泊まることに決めた。

ホテルの管理をしている若い男は、弟とイスラエルから来たと言っていた。当時、僕は中東情勢のことをほとんど知らなかったのだが、今考えると、パレスチナ人ということになるのだろうか。ちなみに、客は僕ひとりしかいなかったようだ。部屋はそれほど大きくないが、綺麗で明るいホテルだった。ホットシャワーも出た。ホテルの隣には、同系列のレストランも併設してあった。

5ポンド朝食つき、ということだったのだが、一日目の朝、「起きるのが遅すぎて朝食は終わった。」と言われる。確かにこの日は寝坊したのだった。二日目、ものすごく早起きしてフロントに下りてみる。彼はフロントでまだ寝ていた。起こして朝食を要求してみる。この時点で、僕は半分あきらめていた。たぶん朝食なんか出す気はないのだろう。

彼の反応は、いささか予想外のものだった。
「朝食を用意するから今日の宿泊費をよこせ。」
これはおかしいと思った。朝食代は(もし朝食があるのなら)昨日払った分に含まれているはずだ。朝食がつかないなら、はじめからそういえばいいのにと思う。シーワ・オアシス周遊や、砂漠ツアーなどもここで組んでくれるということだったのだが、なんだかそのような話も胡散臭く思えてくる。こちらも引くに引けなくなってしまったので、チェックアウトすることにした。そう告げると、彼は激怒して近くのイスを蹴り飛ばした。これも予想外の反応だったのだが、脅しのつもりなのだろうか。これで後腐れなくチェックアウトする決心がついた。他のホテルの目星もついている*2)

すぐに部屋に戻り、荷物をまとめる。実は昨夜から出る用意をしていたのだった。彼は部屋まで追いかけてきて、今度は「出て行かないでくれ。」と泣きついてきたが、無視してホテルを出た。

----------
1)2001年度版の『歩き方』によると、二倍近くの値段に値上がりしているようだ。
2)1999年当時の話なので、現在は管理者も変わっているかもしれない。

2004.12.02

忘れないよ。

C30017.JPG某大学、トイレにて。

洋式便器から立ち上がり、胸ポケットから、もしくはカバンの中のペンケースから、ちょっと太目のサインペンを取り出す手間をいとわないほどの情熱が、この字には込められている。僕も忘れない。この際何を忘れないのかは関係ない。


2004.12.01

アラビアンナイト大博覧会@みんぱく、に行く。

ようやく行ってきました。アラビアンナイト(千一夜物語)のことはあまり知らなかったのですが、展示物が予想以上に豊富で楽しめました。


展示は、アラビアンナイトの内容の紹介というよりは、「アラビアンナイト」が成立以降どのように世界で受容され、変化・発展していったか、ということに焦点が当てられている模様。アラビアンナイトを語るには、やはり中東世界へ「視線」を投げかける西洋世界への言及は必要不可欠のようだ。E・レインの『エジプト人の風俗と慣習』の第三版が展示されていたのはちょっとびっくり。

個人的におもしろかったのは、日本と中東のかかわりと、アラビアンナイトの受容に関する展示だ。アラビアンナイトは『暴夜物語』と書くそうだ。また、ラクダは文政4(1821)年に日本にやってきており、当時はいろいろご利益があるということで好評を博していたらしい。鳥取砂丘のラクダはどこから来たのだろう。

歴史的な展示物だけでなく、現代世界の展示があるのもおもしろい。宝塚の『千一夜』や、手塚治虫の、「ひょっこりひょうたん島・アラビアンナイトの巻」のキャラクターも展示されてあった。さらにアラビアンナイト風キャラクターが描かれたトレーディングカードゲームまであったが、さすがにビックリマン・チョコの「騎神アリババ」はさすがに展示されていなかった。ビックリマンのストーリーでは、後ろ足二本がもげたり、敵になったり、ロボットに改造されたり、乗り物にされたりと、非常に不幸な(ある意味おいしい)キャラだったと記憶している。

壁一面に展示されたアラビアンナイトに関する映画のポスターもインパクトが大きい。
アラビアンナイトって書くの疲れてきた。

そのほか、民族衣装試着コーナーや、アラビア書道の展示などもあった。アラビア書道はいつか習ってみたいと思うのだけど、関西には教室はないようだ。


展示とまったく関係のないのだが、二階に設置されている監視カメラが非常に気になった。左右に首振りするタイプのものなのだが、その間隔が1.2秒ぐらいと非常に短くせわしない。あんなに早かったら、監視するほうも大変だと思う。しかもガコーン、ガコーンと音もうるさく、監視カメラのある一帯はあまり集中して見られなかった。

« November 2004 | Main | January 2005 »

C3メモ


  • www.flickr.com
    nasserhaff's items Go to nasserhaff's photostream

無料ブログはココログ